神社での一件から幾日か経ち、蓉子と廊下で立ち話をした。声をかけてきたのは彼女。
「聖」
「うん?」
「私、大学合格したわよ」
「そう。おめでとう」
「反応が薄い」
「所詮他人事ですから。蓉子が落ちるわけないしね」
「相変わらずひどい言い草ね。そんなこと大学で言ったら嫌われるわよ」
「言わないよ。蓉子にしか言わない」
彼女は笑って
「聖にも新しい友達が出来るんでしょうね」
と言った。
そうだろうね、と返した。


でもね蓉子_______貴女のような友人は、きっともう出来ないと思う。



カゲロウ (Side S 後編)



「やっぱりあの神社、結構効能あるのかもね」
「効能て、温泉か」
「だって受かったし。今日あたりもう一回行ってきてお礼参りしてくるわ」
「お礼参りって、あれだよね、卒業式とかで先生ボコるやつ」
卒業、という言葉が意図せず出てしまいドキリとする。その瞬間予鈴が鳴り響いた。
「殴ったりしないわよ、失礼ね」
蓉子は笑いながら「じゃあ」と小走りに行ってしまった。
廊下に取り残された私は教室に戻るのも面倒くさくなって、窓から庭を見下ろした。暖かい日差しは確実に春の到来を感じさせる。ひたひたと迫りくる新しい季節の気配。
「晴れてれば晴れてるほど憂鬱に感じるのは何でだろうなぁ・・・」
こんなことを呟くなんて、私はリリアンにやられ始めている。長い時間をかけて生徒たちの別れの悲しみが染み込んだ古い校舎。そこかしこに立ち上るお別れの空気が無意識に私の精神を蝕んでしまう気がした。

暇つぶしに誰もいないはずの薔薇の館に足を運ぶ。無人だと思ったそこでは江利子がガサゴソと棚をひっかき回している最中だった。
「・・・・・何やってんの」
「もう薔薇の館にも来ないし。私物がないかチェックしてたの」
「あとで志摩子達が届けてくれるよ」
「聖と違って私はリリアンからいなくなるんだから、そんな簡単に言わないの。あんたこそお弁当箱見つかったの?以前ないないって騒いでたやつ」
「見つからなかった。結局探しても無駄だった」
江利子は棚の発掘作業を終えて椅子に座った。
「なんだかさ、どんだけ確認しても忘れ物がある気がしちゃうのよね」
「かぎ閉め忘れてないか何回も確認しちゃうお母さんみたい」
「置き忘れたものっていま出来る限り見つけておかないと一生失ってしまう気がして」
そう言って江利子は視線をまっすぐにあわせてきた。
「聖、あんたにはそういうものないの」
「え」
「いまケリをつけておかないといけないもの、ここに置き忘れたりしてない?」
何も言い返せなかった。
「あるんだったらさっさとかたしなさいよ。でないと、もうずっと見つけられないかもしれないんだから。後悔し続けるかもしれないんだから」
ああもう。これだからこいつ昔からムカつくんだよな・・・・・面白いことは見逃さないのだから当然か。
「あんたに言われなくたってそのつもりよ、でこちん」
私は席を立った。ありがとうなんて言うもんか。



その日の夕方、私は神社にいた。何をするでもなく賽銭箱の前にぼうっと座り込んで目を閉じ、風にゆれる雑木林のざわめきを聞いていた。
ぞわぞわ ざぁざぁざぁざぁあっ さらさらさら_____________。
今日は風が強い。予報では春一番だと言っていた。顔に絡みつく髪をかきあげてすっくと立ち上がる。
私はイメージする。渦を巻くつむじ風に腹の底の感情が巻き込まれていくのを。それらは風にのって大空高く舞い上がってく。風速30メートルでどこかの真っ白い雲に吸いとられ心はきれいサッパリ。何も痛くない。怖くない。高校生活よさようなら、すでにあの美しき日々は高校アルバムの中だけのこと。バンザイ。
全部吹き飛んでまえ!この突風でみんな彼方にぶっとべ!
ここで気づいた気持ちも、彼女との数年間も、密かな情動も。
私は賽銭箱に向き直りポケットをまさぐって5円玉を投げる。
チャリーン。パンパン。
「今のイメージが真実になりますように!」
かなりマジだ。切なる願いというやつだ。私は極力あっさり高校生活とは決別したかった。余計な感傷や期待をひきずったままこれからリリアンで四年間を過ごすことは出来ない。だからこそ心の中を一度空っぽにする必要があった。いま私は学校が好きだ。そう思えるようになったことは本当に嬉しい。これからもそうでありたい。だから捨てる。全部惜しげもなく放り投げる。
無くなれ、無くなれ、無くなれ、無くなれ、無くなれ________!
手を合わせたまま私は呪文のように唱えた。
弱い方法だ。臆病者だ。でもこうして生きていこうとあの日決めたのだ。大事なものが出来たら___。ずっと覚悟は出来ていた。だからいいんだ。これでいい。間違っているとかそんなこともうどうでもいい。私の出した結論に一体誰が口出しできる!?彼女を傷つけたくないなどと言うつもりはない、傷つくのが怖い。死ぬほど怖い。あんな思いをするくらいならもう愛さない。今の私の胸の中には激しい欲求が渦巻いている。相手をまるごと全て欲しいと思う、一時も離れていたくない。ひどく貪欲で凶暴な気持ち、まるでアリジゴクみたいな。きっと私はまた大切な人を貪ってしまう。どれほどの痛みを伴うことになるのだろう、その作業は。
もう、二人のダメージが最も少ない方法はこれしか見当たらないのだった。


「何をお願いしているの?」
後ろを向くと蓉子がいた。今度は怯えない。彼女を待っていたのだ。
「いろんなことを・・・・高校生活やこれからのこと。志摩子のこと、祐巳ちゃんのこと、静のこと、江利子のこと・・・・・・そして蓉子のこと」
彼女は石畳の上を一歩一歩近寄ってくる。
「私のこと?」
「そう、蓉子のことも」
「どんな?」
目の前で立ち止まる。向き合う。その強いまなざしを受け止めてやる。
今度は私が一歩踏み出した。二人の距離はゼロになる。蓉子を思い切り抱きしめる。
「こんなこと言うのは恥ずかしいんだけど、今までのお礼として言っておくわ」
応えるように背中に回された暖かい手。私は告げた。


「蓉子がこれからもずっと友達でいてくれますようにって」


蓉子を抱く手に力をこめる。こんなにも強く誰かを抱きしめるのは、きっとこれが最後。
「白状したわね、やっと」
蓉子が腕の中で笑う。
「蓉子、お願い。本当にお願いです。私は意地が悪くて、口も悪くて、あまのじゃくで、顔だけが綺麗な女だけど」
かき抱いた細い体が折れるのではないかと思うほど強く。こんなに狂おしく貴女に触れるのもきっとこれが最後。
「この先何があっても、貴女だけはずっと友達でいて。私を見捨てずにいて。」
貴女を愛しいと思うのもこれが最後です。本当に最後です。だから_____。
「わかりました。」
蓉子は凛とした声で続ける。
「私は聖の友達であり続けます。未来永劫ずっと聖を見捨てません。たとえそれがどんなに辛くて、やっぱり約束しなきゃよかったなんて後悔したとしても。友達よ、永遠に。」
蓉子はやしろを見上げながら言った。
「なんなら神様に誓いましょうか?」
「私は神様が嫌いなんだ。イエスもマリアも大嫌い。だから、私に誓ってよ。」
「じゃあ、聖に誓うわ。破ったら死んでもいい」
「ありがとう」
私はもう一度彼女を強く抱きしめた。そしてとんっ___勢いよく体を突き放す。
「さよなら、蓉子。」
とっておきの笑顔で言ってやった。どこまでも残酷に、死ぬまで彼女の中に残るように。
 



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