ところどころ赤茶色にさびた信号機なんか、町を歩けばそこら中に立っている。
遠目に見ると、くたびれたのっぽが都会の真ん中でぽつんと取り残されてるみたいだ。
みんなが自分の横を急がしそうにどんどんすれ違っていくのに、ずっと誰とも交わらない。
留まらない。流れていく。人も車も時間もなにもかも。
ただの無機物なのに・・・・そんな信号機に、私はほんの少し同情してる。



交差点



「やっぱり、遅刻しちゃうかもね、10分くらい。」
蓉子が手首をちらりと裏返しながら言った。その顔には明らかに焦りと困惑の表情が見てとれる。
「もう一応連絡入れたんだからさ、焦らずいけばいいんじゃないの」
「ばか!なにのんびりしたこと言ってるの、急ぐわよ」
バス停を降りてから蓉子はずっと、小走りだ。私は正直、しんどい。
今日は学校からバス一本で行ける喫茶店で、薔薇の館のメンバーと体育祭のお疲れ会をやることになっていた。他の子達はそろそろお店に集まり始めているはずで、私と蓉子はというと、先生に突然頼まれた用事をかたすのに、今の今まで学校に残っていたのだ。
この道をまっすぐ行くと大きな十字路に出る。それを直進し少し歩くと、深緑のプレートに金縁の施された洒落た看板が見えてくる。そこの喫茶店はリリアンではちょっとした有名店で、放課後になるとケーキセットを目当てに友達と足を運ぶ子も多かった。
以前あそこで飲んだオリジナルブレンドコーヒーは確かにうまかったな・・・などと思いながら進んでいると、早く歩くことに全精力をそそいでいる蓉子にどうしても遅れをとってしまう。
結局十字路に着く頃には、私と蓉子の間にかなりの距離が出来てしまっていた。

どこからともなく「とおりゃんせ」が流れてくる。青信号の合図だ。
ぴょ〜ぴょろろーぴょ〜ぴょろろーぴょ〜ろろろーろろぴょろろろ〜
ピリピリとノイズが混じってなんだか微妙に音階が外れていた。信号機のスピーカーがイカれているんだろう。なんか気持ち悪い。
交差点を渡ろうと左右を見渡す。大きい道のわりに車が見当たらなかった。あと30分もすれば帰宅ラッシュで道路の上はギュウギュウになるに違いなかったが、渡ろうとしていたその時は、車の流れがちょうどひとかたまり通過した後で、道路の上はきれいなものだった。誰もいない。
こういう光景を見ると、私はふと今立っている街がゴーストタウン化したような錯覚に捉われる。
世界に一人ぼっちになったみたいだ。
胸がきゅっと締め付けられるような寂しさが突如こみ上げる。


夕暮れの交差点ってどうしてこんなに物悲しいんだろう。
信号機の伸びる影とやわらかな朱に染まった白線。
いつだってこんな横断歩道を渡ってきたような気がする、小さな頃からずっと。
何回も何回も・・・・・・・。
足を機械的に動かしながら、頭の奥のずっと深い芯のところで、ぐぐぅっとそれを思い出そうとする。


「聖!」


蓉子の声にふと我に返る。
青いシグナルが点滅し、早く渡れと急かしていた。
でも私はまだ三分の一くらいしか渡り終えていなくて。
車のエンジン音が聞こえ、目の端に青いセダンが映った。


「はやく」


蓉子は駆けた。制服のスカートとタイをはためかせながらするすると先に進んでいく。
私も慌てて走った。蓉子とは逆の方向に。


ブォォオオン。


目の前を車が通過した。私はそれを見送った。
歩道の向こう側を見ると遠くの蓉子と目が合った。困ったような顔でこちらを見ている。私は苦笑いを浮かべる。


「渡れなかった、ごめんね。」


そう声をかけた瞬間、堰を切ったように車が目の前を流れ始めた。蓉子の顔は見えない。私の詫びは聞こえなかったかもしれないな。でもさっきみたいな顔で、相変わらずこちらを見ているに違いなかった。

その瞬間「あ、ずっとこうだったかも。」って思った。
頭をゴツン、とこづかれたような既視感。
蓉子とはこの数年間今みたいな関係だったんだ。
いつまでたっても向こう岸に渡れずにいる私を、あの子は対岸でずっと、困り顔で待ち続けていた。
強烈なデジャ・ヴが私を襲う。
ああこうだったこうだったこうだった・・・・・この感覚。そうだったんだ。



スパン、と車が途切れた。
あの子の黒目がちで大きな目がずっとこちらを見ていた。
青信号になった横断歩道をまたいで、私と蓉子は対峙していた。
蓉子は待っている。私をじっと待っている。
たとえこの青信号を見送っても、彼女なら「何やってるんだか」って顔するだけで、次の青信号までまた律儀に待ち続けてくれるに違いない。
そう思えることは、なんだかとても私を安心させた。
車におびえることもなく、私は無事にこの白線の上を歩いて渡っていけるんだと。
だから安心してこの足を踏み出せる。


私は走った。蓉子のところまで全力で。

「そんなに急いで渡らなくてもよかったのに」
そばに駆け寄ると、蓉子はそう言って少し笑った。
「待たせてばかりじゃ悪いからさ」
私は蓉子を待たずに、歩を進める。
「聖、なんだか歩くの早いわ」
蓉子はそう言って小走りに私を追いかけてきてくれた。






今日、私は一つ発見をした。



信号機がかわいそうなんて言ってたけど、あれは違った。勘違い。
かわいそうだったのは信号機なんかじゃなかったのだ。
私が本当に哀れんでいたのは、私自身だったのだ。
むしろ、私どころかもっとたくさんの人たち、その生き方。
まるごと言っちゃったら人生?ああなんだかえらい大きく出ちゃったな。まぁそんな感じ。
どんどんすれ違って。見失って。忘れていって。みるみる流れていく。
そんな私たちの渡りゆく道が。
数々の交差点が。

私は悲しくて仕方なかったんだ。



 〜了〜

BGM
竹仲絵里「スクランブル」

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