「くがなちゅき。ごさい。」
生徒会室であたしと鴇羽と藤乃は目を丸くする。はたから見たらさぞ笑っちゃうような顔してただろう。
つやつやした黒髪の女の子は小さな手のひらを「パー」の形に開いてもう一度言った。
「ごちゃい。」
ブハッ。
藤乃の鼻から赤い液体が噴射された。きれいな弧を描いてちょっとした噴水のようになっている。つーかアンタ死ぬよその出血量。
「ごちゃい!ごちゃいやてぇえええーーー!!」
「落ち着いて!落ち着いて下さい会長さん」
「死んでまう!うち死んでまうわぁあああー!!見てー!なつきのIT革命やぁあああ」
「彦摩呂風に言うなロリコン会長。」
あたしはしゃがみこんでもう一度その小さな顔をまじまじと見つめる。
「・・・・で?何でこうなったのよ?」
幼すぎる「くがなつき」は首を「?」と傾げる。背後で「ブシャッ」とさらに血が吹き出る音がした。



ちっちゃいなっちゃん



「えーと。なつきが最近携帯つながんなくて。あたし心配になってなつきのアパートに行ったのね。チャイム押しても誰も出てこないから不安になって、管理人さんに連絡してドアを開けてもらったら」
「この子が寝てたいうことらしいんよ」
真剣な顔で鼻にティッシュを詰めながら藤乃が言った。
「なにその頭痛くなる展開・・・マジ・・・?」
「マジどす。うちいつかてなつきにマジどす」
「それにしてもホントなつきどうなっちゃったんだろうね」
藤乃の気違いじみた発言をサラリとかわせるようになった鴇羽に心の中でちょっと感動した。人間て慣れる生き物なんだ。
「まさか鴇羽、本気であの女が縮んでこのガキになったって思ってんの?ってかそもそも、マジでこの子『玖我なつき』?」
「それはまだ・・・わかんないけど・・・」
「なんにせよ、どうしようもないじゃん。つーかあたしがなんで呼ばれたのよ?」
「そう。そこでね、奈緒ちゃんに相談があるんだけど。」
鴇羽が手をすり合わせて満面の笑みでにじり寄ってきた。いやな予感がする。体の向きを変えてドアに向かおうとしたらピシャン!とドアを命に閉められた。
「生徒会室から出て行ってはだめだ奈緒!」
「どいてよ」
「だめだ!今夜の晩御飯がラーメンじゃなくなる!」
「飯ごときで釣られやがって・・・・つーかアンタ、飯と友達のどっちとんのよ」
「飯だ」
「即答ッ!!?・・・まぁアンタに聞いたあたしがバカだったわ・・・」
しょうがなくきびすを返してしぶしぶパイプ椅子に腰掛けた。
「で、あたしは何すればいいわけ」
「この子一人なつきの部屋に放っておくわけにもいかへんし。とりあえずこちらで預かろう思いましてな」
にっこりと微笑む藤乃。
「ほんまはうちが預かりたかったんやけど・・・」
藤乃の赤い瞳がギラリと光る。野獣だ。こいつ野獣の目をしてやがる・・・・!!
「いや、ちょっ、会長さんはダメです絶対!いろいろと!!」
鴇羽が目の前の幼女を守ろうと必死になっている。がんばれ鴇羽。思わずちょっとだけ応援したくなった。
「あたし今日あいにく、巧海の病院に泊り込みで出かけなくちゃでさ・・・・。明日になれば帰ってくるから、とりあえず今日だけでも預かってくんないかな」
「はぁ?マジ勘弁なんだけど。つーか他のやつにいくらでも頼めばいいじゃん」
「本当になつきの身に何かあったんだとしたら、事情知ってるあの祭りの関係者じゃないとまずいでしょ」
「自称17才や眼鏡っこはどうしたのよ」
「碧ちゃんはアマゾンの奥地に遺跡発掘調査中。雪之ちゃんはなんか今とっても忙しいらしくて。」
「なんでも、『ふゆはおとせない』とか『ゆりさーでちばなんはがち』とか言うてはりましたなぁ。あれ、『なんちば』やったっけ?」
どうでもいい。ものすごくどうでもいいよ。
口から自然とため息がこぼれた。観念しよう。どうせまたジタバタするほどロクでもないことになるのは目に見えてる。あたしは学習した。あ。人間は慣れるって、こういうことか。
「・・・・・・・・・・わかったわよ」
「ホント?やー助かったわ奈緒ちゃん。ありがと〜!」
つっても。どうせ寮に帰ればあおいがいるし。このガキの世話はあの子にまかせて、あたしはさっさと遊びに行こう。
その計算が外れることを、あたしはまだその時知る由もなかった。





「・・・・なにこれ。」
寮の部屋に帰ると誰もいない。がらんどうの部屋にぽつんとつったっていると携帯が鳴った。あおいからのメールだ。
「今日はチエちゃんの家にお泊り会行ってきまーす。戸締りは気をつけてね☆」
あたしは携帯を力の限りカーペットに叩きつけた。
「チックショォォオオーーー!どいつもこいつもふざけやがっ」
ちょいちょい、とスカートのすそをひかれて我にかえる。足元を見ると小さい「くがなつき」がこちらを不安そうに見上げていた。
「・・・・別にあんたに怒ったわけじゃないっつの。ほら、泣きそうな顔してんじゃないわよ」
「おなかすいた」
時計を見ると午後七時を回っている。
「仕方ないか・・・」
あたしはキッチンへ歩き冷蔵庫の戸を開けた。


「くがなつき」は小さな手にスプーンを握り締め懸命にじゃがいものかたまりを口に運んでいる。口の周りだけじゃなくあごにまで豪快にカレールウがくっついていた。
「ちょっと、『いただきます』くらい言いなさいよ」
「いただきます。まずい!」
(このガキ・・・殴ったろか・・・・!)
「あじがしつこいな。そうだマヨ、マヨをいれたらどうだろう」
「余計しつこくなるよね。カレーにマヨってそれ明らかにミスチョイスだよね」
そんなあたしの言葉を無視してガキはルウの上にマヨをブリブリかけている。
「・・・・やっぱりだめだ。まずいもんはまずい」
ぽいっ。とスプーンを皿の上に放り投げた。カッチャーン!
(今チャイルドが出せたならあたしは間違いなくこのガキを刻む・・・・!!)
スプーンを握ったこぶしがわなわなと震えた。
「つーかさ、あんた本当に『玖我なつき』なわけ?」
「そうだばか」
「ばかは余計だ馬鹿」
「ばかっていったやつがばかだ」
「うん、やっぱりこういう馬鹿っぽいところあいつだわ。間違いなくあの女だわ。」
「ほめるな。てれるだろ」
「なにはにかんでんだよ馬鹿かみ合ってねえよ会話がよ!」
しかし______一体何が?新手のチャイルドの攻撃?HiMEを幼児退行させて使い物になくさせようって作戦なのか。それともシアーズ財団がまた何か別の計画を?
咀嚼しながら脳内にはりめぐらせた思考を、陽気なドアチャイムの音がぶっちぎった。
「こんな時間に宅配便・・・?」
ドアの方に近寄ってのぞき窓を確認する。
まっくら。何も見えない。
あたしの背筋にピン、と緊張の糸が走る。触の祭り以来、忘れていたあの感覚。戦闘体制のスイッチ、オン。
「どうした、なお」
「あんたは奥に隠れてな!こいつのぞき窓ふさいでる・・・どこのどいつだか知んないけど、たぶん狙いは、あんたよ」
それを聞いた「くが」は顔を真っ青にして毛布をかぶりソファの端に隠れた。真剣におびえるその表情は、「非力なこども」以外のなにものでもない。
「クソッ、こんな時に力が使えたら・・・・」
あたしはとっさに玄関脇の傘をつかんだ。先はアルミ製で鋭利だし、それなりに使えるかもしれない。
部屋の中にはガキと女子中学生の二人。どちらも、あの忌まわしいHiMEの力をもう持ちはしないのだ。
「別にガキなんか知ったこっちゃないけどさぁ・・・ムカつくんだよね、こういうの。アタシに喧嘩売るなんて百万年早いっての。思い知らせてやるわよ」
息を大きく吸って。吐いて。
心の中で数える。
1・・2・・3・・!
あたしはドアを思い切り________開けた。












「おばんどすー」



バタン。カチャカチャーン(チェーンをかける音)

「ちょっとちょっと。なんでやの結城さん。開けておくれやす」
「鬼がぁああ!鬼が来たァアアアっ!!」

ドンドンドンドンドンドンドン、ガッチャガッチャガチャガチャ・・・・・・。

「いやぁあああママァーーーーーッ!!鬼は外っ!鬼は外―――――!!」
「鬼やなんて。確かにうちはたまぁに『阿修羅姫』とか呼ばれてますけど、ちょっと時々ハッスルしすぎるだけどすえ?」
「ハッスルなんて度合いじゃないわよあれ」
「んもう、うちはただなつっ・・・結城さんが慣れへん子守で大変やろなぁ思て様子見に来ただけなんよ?」
「コンタン丸出しだよ!なに大事なとこで噛んでんだよ!!もっとうまく嘘つけよ!!」
「せやったら仕方あらしませんなぁ・・・」
ググッとドアが押しやられる。
「な!?」
ドアと壁の隙間に藤乃のローファーのつま先が差し込まれていた。
「てめぇはタチの悪い新聞勧誘員か・・・!」
「奥さ〜ん、一週間だけでええからとってくれへん?」
「のんなよバカ!骨折れろ!」
少し開いたドアの隙間から藤乃の顔がのぞく。すごくいい笑顔だ。とんでもない力でギリギリ戸を押し開けているのに、表情がおっとり柔和な笑みなのが余計怖い。
「ほんまに開けてくれへんの?」
「開けないわよ。つーか人の家にあげてもらう態度じゃないでしょこれ」
ぶっちゃけ、あたしは必死でドアを閉めながらも心の中では余裕だったのだ。ああホント、即チェーンかけちゃって正解だった・・・・。
「堪忍なぁ結城さん、うちほんまはこんな真似したなかったんやけど」
藤乃がそう言った瞬間。
キュィィィィィィーーーーーーーーーーーン。
「ちょっ、めっちゃ火花散ってる!散ってるから熱っ!なにこれあっつうぅっ!!」
ドアから離れると、ダースベイダーを彷彿とさせる重厚な防護メットをつけた藤乃がそこに、立っていた。ガスバーナーのような器具でドアチェーンを焼ききろうとしている。
「近くの鉄工所からちょっとお借りしてきましてん」
「『きましてん』じゃねえよ!捕まれ窃盗犯!!骨折れろ!」
「結城さん二回もうちに骨折れろ言うた・・・ひどい子ぉやね」
「人の家のドアチェーン溶断しようとしてるアンタの方がひどいよ!!尾てい骨折れろヴァカ!!」
ブチンッ。ガチャーン・・・・。
「チェーン折れたァーーーーーーーー!?」
そうして扉が、あっけなく開いた。
「ふぅっ。これからは女も技術職の時代やね」
やり遂げた顔で防護メットをとった藤乃。なんかちょっといい汗かいているのがムカつく。
「もぉ・・・なんなのよ・・・・」
ふと「くが」を見ると、容赦なく床に漏らしていた。小刻みに体が震えている。
「あたしの・・・お気に入りのカーペットがぁ・・・・」
もう、なんだか一気にどうでもよくなった瞬間だった。


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